【つけそば一福~澪 Rei~】人を幸福にすることは、やはりいちばん確かな幸福である。

2019-10-31

t f B! P L

待ちわびたお昼休みのチャイムが鳴り響く。

僕は大きく伸びをして、すでに冷めてしまったコーヒーに口をつける。

デスクの引き出しからスマホを取り出すと、メールが一通来ていることに気づいた。

差出人は、ハヤマさん。

『調査に行かないか?』

(調査!?)

『何の調査ですか?』

おおよその検討はついているものの、念のため確認してみる。

すぐさま、ハヤマさんから返信が来る。

『それはもちろん…』


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現着した僕たちは、駐車場に車を止めて、お店へと足を運ぶ。

「うわあ、けっこう人がいますね」

「新しいお店だからね。想定内でござるよ」

「…お昼休み中に会社に戻れますかね?」

「そのときは、そのときで Let it be. ということで」

ハヤマさんは、今日もお気楽だ。


「ええと…ICHIFUKU…」

「つけそば一福~Rei~!ここが、今回の調査対象さ」

「ああ、やっぱり、ラーメン屋さんのことでしたか」

「そう!さすが!わかっててくれて嬉しいよ」

「でも、調査と言っても、具体的には何をするんですか?」

「お店の営業時間や雰囲気、どんなラーメンを提供しているのか、使われているのは、細麺か太麺か、スープはこってり系かあっさり系か、女性同士でも入りやすいか、などなど、調査項目をあげて言ったらキリがないな。そう、それから…」

ハヤマさんは、饒舌かつ高速で答えると、突然、お店に向かって走り出した。

「え?ハヤマさん!?」

慌てて後をついていく。


「ふう、危うく後手に回るところだった」

そう言いながら、ハヤマさんはペンを手に取る。

「人がバラバラに立っていたから、もしやと思ったが、やはりか」

「順番待ちは、ウェイティングスタンド方式なんですね」

思わす横文字を使ってしまったが、ファミレスなどによくある、記帳台に名前と人数を書いて順番を待つスタイルのお店のようだ。

「順番待ちはどのように行うのか。これも大切な調査項目の一つさ。これでよし…さあ、楽しい楽しい待ち時間の始まりだ」


ハヤマさんは、とにかく切り替えが早い。

ポケットからスマホを取り出すと、最近始めたというドラクエウォークを起動した。

「はぁ…ゴールドが足りないんだよなあ、ゲームでも、現実でも。ままならない世の中ですなあ」


「ところで、ハヤマさん」

「ん??」

「このお店『一福』って名前ですけど、もしかして、あの『一福』と関係があるんですか?」

「おお!いいところに気づいたね。さすが我が魔王!世界の半分をくれてやってもいいよ?」

「いや、仮面ライダーでもドラクエでも、この際どんな立ち位置や世界観でもかまいませんけど、やはり、そういうことなんですね!」

「醤油こと。うん、しょーゆーこと」



『あの一福』というのは、創業約40年を数える甲府市伊勢にあるレジェンドつけそば店『一福』のことだ。

山梨県で『つけそば』といえば、甲府市中央にある『中華レストランさんぷく』
そして、この『一福』を誰もが思い浮かべるであろう。

喉ごしのいいちぢれ麺に、素材の旨味が凝縮された透明感のあるつけ汁。

つけ汁の中から見え隠れするチャーシュー、メンマ、ネギに海苔。

ほどよい酸味と鶏出汁の旨味が、優しく身体に染み渡る。



『一福』は、以前、ハヤマさんに連れて行ってもらったことがあり、僕はその名前と感動的な味を覚えていたのだ。



「けっこう待ちそうだし、少し話をしようか」

ハヤマさんは、スマホに目を向けたまま、ぽつりぽつりと、話し始めた。


「伊勢にある一福の店主は、女性だったでしょう?」

「はい、店主も従業員の方々も、みなさん、女性でしたね」

「あそこのお店は、もともと、あの女性店主の旦那さんが始めたお店なんだよね。その昔、甲府の中心街にある『さんぷく』っていう、つけそばがおいしい中華レストランで、その旦那さんが修行を積んで、のちに、独立して出店したのが一福なんだ」

「一福のルーツは、さんぷくにあり。ですか」

「うん。だけど、ある日のこと。旦那さんが、病気になってしまってね。やむなく、一線を離れることになったんだ」

僕は、黙ってうなずく。

「そこで、後継者として息子さんがお店を任されるようになった。だけど、それも長くは続かなくて…息子さんは、若くしてこの世を去ってしまったんだ」

「…………」

「それでも、お店の味を途切れさせることを望まなかった旦那さんは、闘病中にも関わらず、奥さん、つまり、今の女性店主に、亡くなるまでの半年間、スープの作り方を伝え、お店を託したのさ」

「…………」

「だからかな、一福のスープの味が、とても優しいのは。来る日も来る日も、変わらない仕込みで、早朝から何時間も丁寧に煮込み続けるスープ。変わらずにいること、変わらずにいようとすること、それは、とても難しいことだと思う。すべてのことは、いつか、変わってしまうものだから。それでも、旦那さんと息子さんが残した味を、彼女は今日も守っている。これが、どれほどすばらしいことか」

「…………ぐすん」

「……おいおい、泣くなよ」

ハヤマさんは、ハンカチを取り出して、僕に渡した。

「あー、お願いだから、鼻水は浮かないでね」

「ぷっ…わかってますよ」

ハヤマさんがあまりに真面目な顔で言うものだから、思わず吹き出してしまった。

少し悲しい話だけど、このような背景を知ることで、そのお店のことが、もっと好きになれる気がした。



「2名様でお待ちの、ハヤマさまー!!」

若い女性店員からお呼びがかかった。

「はーい!」

ハヤマさんは元気に返事をすると、店内へと歩を進めた。



なんだかんだで、30分は待ったと思う。

ハヤマさんの話で、時間間隔がマヒしていたが、腕時計の針は12時40分を指していた。

ようやく入れた店内は、カウンター席が7席。4人掛けのテーブル席が2席あった。

お店に入った右奥から、男性陣のにぎやかな声が聞こえてきたので、僕の目の届かないところにもいくつか席があるのだろう。


茶色をベースにしたカフェのような雰囲気の店内。

暖色系のぶらさがりタイプの間接照明がオシャレだ。←語彙力w


案内されたテーブル席に腰を落とすと、もはや恒例行事、ハヤマさんはメニューとにらめっこを始めた。


お冷はセルフサービス。テーブルにグラスとピッチャーが置いてある。

僕が二人分のお水を汲み終わったころ、

「よし!決まった!」

と、ハヤマさんは顔をあげる。そして、僕にメニューを渡してくれた。



メニューの内容を要約すると

・まずは、「つけそば」もしくは「支那そば」からメインを選択

・「無印」「味玉」「特製(味玉+チャーシュー+のり)」からベースを選択

・「つけそば」は、「一福 醤油スープ」と「澪 おさかなスープ」の二種類

・支那そば:大盛り可、つけそば:大盛もしくはダブル可

・支那そばの麺は、通常はちぢれ麺、ストレートにも変更可

・つけそばの麺は、太麺もしくは細麺を選択

・ランチセットあり(餃子+小ライス)

・小ライスは、無料でレギュラーサイズに変更OK←もはや、並ライスw


ちなみに、メニューの裏側は、ドリンクメニューとなっている。



「うーん…毎度のことながら悩む。どうしよう、どうしよう、どうしよう」

メニューを眺めてみたものの、なかなか決めきることができない。

「どのビールにしようか迷うよね。キリン?アサヒ?サッポロ?最近ハマってるのは…」

「いやいや、飲みませんからね、ビールは!!」

「やっぱり、アサヒスーパードライかな。心も体もシャキッとなりますぞ」

「平日!お昼!午後から仕事!ワカリマスカ!?」

「あー、もー、おカタイですなあ。じゃあ、何にそんなに悩んでいるのさ?」

「…つけそばにしようか、支那そばにしようか、です」

「あいかわらず、優柔不断ですなあ」

ハヤマさんは笑いながら水を飲み干すと、グラスにピッチャーでおかわりを注いだ。

「そういうハヤマさんは、何にしたんですか??」

「私は、『おさかなつけそば(細麺)』+『小ライス』に決めましたよ」

「…じゃあ、僕もそれにします」

「なんだか妥協したみたいな感じだけど、後悔しない?」

「後悔するときは一緒ですよ(笑)」

「え、何、そのネガティブな仲間意識(笑)まあいいか、お腹すいたから早く注文しよう」

ハヤマさんは、右手を小さく上げて、店員さんへ合図した。



悩めるということは、選択肢があるということだ。

それは、すなわち、一定の自由があるということ。

しかし、自由とは不便なもので、それを与えられた途端、どうしていいかわからなくなる人が世の中には確かにいる。

明日、突然、会社が休みになったらと、想像するのは楽しいが、実際に休みになった場合に、何かしたいことがあるかというと、特に何かあるわけでもない。

惰眠を貪り、それでも時間を持て余し、無意味にテレビの通販番組を眺めているだけで、気がついたら、日が暮れていて、まだ水曜日なのに、サザエさんシンドロームを感じたりして。

一方で、その自由を巧みに、もしくは、自然と謳歌できる人たちもいる。

だが、少なくとも、僕は、前者のタイプの人間だ。

決断力と行動力がどうにも足りない。



「おーーい!!起きてる???」

「うわっ!いきなり何するんですか!」

ハヤマさんが、急にウェットティッシュを僕の顔に押し付けてきた。

「だって、これから美味しい(であろう)つけそばを食べるのに、難しい顔してるからさ。平穏(ヒラオ)くん、たまにそういうとこ、あるよねー。どんだけーーー!!」

「ああ、いや、すみません、少し考え事を…」

「叫べ若者よ。礼儀正しく生きたって、いつか人は死ぬんだぜ」

「え?」

「園子温さんの言葉。考えることも大切だけど、まずは、『今』を楽しもうよ。おいしいつけそばを楽しみましょうよ、若者よ」

「…そうですね!ああ、急にお腹すいてきたなぁ」

どこかから借りてきた言葉であっても、それを誰かの口から直接聞けることは、幸せなことだと思う。



「お待たせしました。おさかなつけそばに小ライスです」

女性の店員さんが、つけそばをトレーで運んできてくれた。

そういえば、このお店も、伊勢の一福と同様に、店員はみんな女性だ。

ラーメンは男の料理!みたいなイメージを軽々と壊してくれる店内の雰囲気は
陽だまりの公園のベンチのように優しい。

「…美しい」

テーブルに並べられたつけそばを見ると、ハヤマさんがうっとりと深いため息をもらした。



「撮影会するので、お先にどーぞー」

ハヤマさんは、スマホをポケットから取り出すと、今日一番の真剣な表情で、ディスプレイを見つめる。

…うん、仕事してる時よりも、顔が真剣なんだもんなあ。


「では、お言葉に甘えて、いただきまーす!」

まずは、ちぢれ麺を箸で一掴み。

麺は、ツルツルと滑るため、しっかりと箸で固定する。

つけ汁の表面を覆うように浮かんでいるネギの壁を突き抜けて、麺をダイブさせる。

すぐさま引き上げると、スープとネギ、そして、スープの底に沈んでいた刻みタマネギをちぢれ麺が引き連れてきた。

丼に顔を近づけて、麺をゆっくりとすする。


「おいしい!!!」

一福のつけそばの醤油味をベースとしたスープに、煮干しの味が追いかけてくる。

想像していた酸味はなく、煮干しの旨味がスープを濃厚なものへと昇華させている。

それでいて、すっきりとした味わいが担保されている。

麺を咀嚼するたびに感じる、シャキシャキとしたタマネギのアクセントが心地よい。


(止まらないな、これは!)


あっという間に、麺が皿から消えていく。

トッピングのメンマやナルト、カイワレ、海苔もスープとの相性がバツグンによい。

低音ローストされたチャーシューをつけ汁に浸し、ライスの上に乗せて食べる。

至福を具現化したかのような行為に、僕の舌が、喉が、大喜びしている。



「一福エボリューションって感じだったね」

顔をあげると、すでにハヤマさんは完食していた。

あいかわらずのスピードだ。

「そうですね、まさに、一福を進化させた感じですね。新しくも、よきところはそのままという感じで」

「このお店の店主さんも、伊勢の一福で修行をしたんだってさ。だから、『一福』って名前を使ってる。そして、澪〜Rei〜という名前から生み出された新しい味。この『おさかなつけそば』から、決意とか意気込みとかを感じ取ることができるよね」

「そうですね」

「こうして、伝説はまだまだ続いていくんだろうね。伝統を受け継ぐとともに、さらなる高みへと向かっていく。嬉しいな、この味が、またしばらくの間は無くならないってわかっただけで」

僕は黙って頷いた。

この世界に永遠なんて存在しない。やがて失われる味もあるのかもしれない。

だからこそ、今と向き合って、今を楽しもう。その味を、楽しもう。

心に刻み込まれた味の記憶は、思い出は、少なくとも、この人生の最期までは続いていく幸福なのだから。

そして、叶うのならば、どうかこの一つの幸福の形が、誰かをまた幸福にするものでありますように。


「……えええええ、またですか?」

気づいたら、涙が頬を伝っていた。

ハヤマさんは、再びハンカチを取り出して、僕に渡した。

「あー、お願いだから……」

ちーーーーーーーーーーん!!!!!

もはや、ハヤマさんの言葉は耳に届かなかった。
そう、これは、抗えぬ本能、なのだ。

「…まあ、いいか」

ハヤマさんは、少し寂しそうな表情を浮かべて窓の外を見た。

今日も、痛いくらいの、快晴だ。


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☆店舗情報☆

店名:つけそば一福 ~澪~ TSUKESOBA ICHIFUKU ~Rei~

住所:山梨県甲府市朝気2-1-23(正確な住所は確認中。甲府信金朝気店の近くです)

電話:055-244-6505

営業時間:[月~土] 11:30~15:00

定休日:日曜日・第3木曜日

食べログの山梨県のラーメン総合ランキング→未登録(2019.10.30現在)



★ハヤマさんが食べたもの★

・つけそば 澪 おさかなスープ おさかなつけそば@細麺(810円)+小ライス(100円)

→つるつるのちぢれ麺と、一福の醤油スープをベースにした煮干しつけ汁の相性は
 バツグン!
 つけ汁のトッピングは、ネギとタマネギのダブルネギ。
 ちなみに、ハヤマさんの好きなアイドルは「Negicco」だからね。覚えておいてね。
 トッピングは、メンマ、ナルト、カイワレ、海苔、チャーシューだぞ。
 つけ汁とライスの組み合わせも最高。
 伝統を昇華させた次世代のつけそば、ここに顕現!って感じです。
 

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