【ラーメン由】晴れてよし、曇りてもよし、ラーメンよし

2019-10-23

t f B! P L


甲府駅南口から、平和通りをしばらく南下し、遠光寺北の信号を左折する。

左折後、またすぐに信号にぶつかる。

右折専用レーンに車をのせ、対向車が途切れるタイミングを待つ。


ハヤマさんは、今日も今日とて、助手席で熟睡している。

顔の上には、ガジェット系の雑誌がのっかったままだ。

車に乗るや否や寝てしまうのに、決まって雑誌を車内で広げるのは、なぜなのだろうか。


カーラジオからは、スピッツの「魔法のコトバ」が流れている。

彼らの曲は、いつも新鮮で、どこか懐かしい。

あふれそうな気持ち 無理やりかくして
今日もまた 遠くばっかり見ていた

仕事でミスをして凹んでいた心に、優しい声が染みわたる。


伊勢通りをしばらく南下し、伊勢三叉路を左折する。

甲府精進湖線を進んでいくと、そのお店はある。

『化学調味料に頼らない天然素材のみで作っています』と書かれた
大きな緑色の看板が目印だ。


「着きましたよ、ハヤマさん」

お店の前に車を停めて、上司に声をかけたものの

「…あと5分だけ…あと5分だけ」

と、うわごとのように繰り返すばかりで、一向に起きる気配はない。


こういうときは、例のごとく、魔法のコトバを使うことにしている。

「ラーメン食べないんですか?」

「ラーメン!!!」


その言葉で、ハヤマさんは起動する。

SSDを使ったPCよりも、遥かに早く起動する。

ハヤマさんは、颯爽と車から飛び出し、店の中へと消えていった。


「口にすれば短く、だけど効果はすごいものがあるってことか」

草野正宗さんが描く世界観とは、まるで違う解釈で使うコトバ。

苦笑いをしながら、僕も入口へと向かう。

看板もそうだが、店の外観は、緑と茶のツートーンカラーで構成されており
また、入り口へと導くように、大小さまざまな種類の植物が飾られている。



店内には、一度に10人以上が座れそうな大きな楕円形のダイニングテーブルが1席。

テーブルの真ん中には、木の枝と毛糸で作ったモニュメントのようなものが飾られている。

また、厨房の前に7人がけのカウンター席があり、
その一番奥の席で、ハヤマさんが食い入るようにメニューを見つめていた。

店内は、オレンジ色と茶色がふんだんに使われており、
ラーメン屋というよりは、芸術系のカフェのような雰囲気がある。

ハヤマさんの席の頭上には、
アンティーク調の時計と、サーフ系にペイントされたギターが飾られている。

「なんだか、秘密基地みたいなお店ですね」

冷水器でコップに水を汲み、ハヤマさんの隣の席に腰を下ろした。

「こういう自由な中にこだわりを感じるお店が好きなんだよね」

ハヤマさんは、僕にメニューを渡しながら、笑みを浮かべた。

「そして、それ以上に、ここのラーメンが大好きなのさ」

「それは楽しみです」

メニューを受け取り、隅々まで目を通す。


醤油に塩、特製味噌、つけ麺もあるのか…さて、どうしようかな。

ん?醤油ラーメンの後ろに『チャーシュー・メンマ入り』って書いてあるけど
普通、そういうのって、元々入ってるんじゃないのか?

わざわざ書いてあるということは、何か意味があるのかな?

…考えてもわからない。

そして、空腹で頭も回らなくなってきた。

ここは(ラーメンに関しては)頼れる先輩にお伺いを立てるのが定石だろう。


「…ハヤマさんは、どれを注文するんですか?」

「今日は、味噌の気分だから、特製味噌ラーメンの大盛りにしようかな」

「ちなみに、オススメって、どれですか?」

ボクがそう続けると、ハヤマさんは、急に声のトーンを落として、返答した。

「平穏(ヒラオ)くん、言い方が悪くて申し訳ないんだけど、無意味な質問をするね」

「ど、どういうことですか?」

「んー…その質問に、あえて答えをつくるとしたら、『全部』かな」

「全部…ですか?」

ハヤマさんは苦笑いしながら、テーブルに置いてあった紙を見せてくれた。



「このお店は、まあ、他のお店もそうなんだけど、店主さんが、こだわりを持ってラーメンを作ってくれているんだよね。俺たちは、そのこだわりや情熱を一杯のラーメンから感じ取らなければならないと思うんだ。そして、そこにオススメなんて概念は無いし、作り手にとっては、すべてがわが子のようなもので、そこに平等に愛があるはずだから、あえて答えを出すとしたら『全部』としか言いようがない。醤油も塩も、特製味噌も、自信があるからメニュー化しているわけでしょう?それを主観的に、これがオススメだから、それにしなよ。なんて、どんな顔で答えていいのかわからないよ」

「…そうですね」

ハヤマさんは、ラーメンに対する愛が深い。


「だから、全部がオススメ。もちろん、全部おいしいって保証するから、ご安心を」

「全部おいしいなら、全部食べてみたいです」

「その気持ちには、激しく同意!」

「じゃあ、今日は、醤油ラーメンにします。素材の旨みを感じてみたいので」

「ナイスチョイス!ナチョス!チョリーッス!」

「何語!?」

ハヤマさんは、テンションが上がると、若干、意味不明になる。



「お待たせしましたーー!器が熱いのでお気をつけください!」

注文からほどなくして、カウンター越しに、
厨房から店主さんがラーメンを提供してくれた。

「おいしそうぅぅぅぅぅぅ!!!」


思わず、絶叫してしまった。

「…美しい」

僕の丼を覗き込んだハヤマさんが、ため息を漏らす。

すり鉢型の白い丼に、ネギとメンマとチャーシューが美しく並べられている様子は
まさに「美しい」の一言に尽きる。

「続けて、特製味噌ラーメンの大盛り、お待たせしましたーーー!」

醤油ラーメンに見とれているうちに、ハヤマさんが注文したラーメンも出来上がったようだ。

ハヤマさんは丼ぶりを受け取ると、ポケットからスマホを取り出して、いつものように撮影会を始めた。

「はぁ…こちらもまた、美しい」

たしかに。

特製味噌ラーメンも、調和がとれた美しい見た目だ。

大ぶりなチャーシューの上にあるカイワレ大根と、茶色いスープとのコントラストがすばらしい。

こちらは、青色の器に盛りつけられている。


「あ、先に食べてていいよ、すぐに追いつくから」


「それじゃあ、遠慮なく、いただきまーす!」

割り箸を素早く割り、麺を救い上げる。

白い湯気が立ち、スープの香りが鼻の中に広がる。

熱々の麺に数回息をふきかけ、豪快にすする。

ベースとなる出汁が、優しくも主張し、上品な味付けに仕上がっている。

店主のこだわり通り、化学的な味は感じられず、素材の味を十分に引き出した、奥行きのあるスープは、麺が無くなった後も、レンゲですくって飲み続けてしまうほどの旨みがある。

最近、気づいたことだか、ラーメンと向き合っている間は、頭がからっぽになる。

憤りを感じる出来事や、悲しいニュース、仕事での嫌なことも、何もかも忘れられる。

一杯の丼に込められた熱い想いに身を委ねている時間が、ただただ、幸せだ。


「晴れてよし、曇りてもよし、富士の山、もとの姿は変わらざりけり」

「え?」

スープを味わっていると、突然、ハヤマさんが口を開いた。

「幕末の政治家の山岡鉄舟って人が詠んだ歌なんだけど、知ってる?」

「いや、すみません、知らないです」

「富士山は、晴れていれば美しい、曇っていればそうでもない。なんていう人がいるけど、晴れていようが曇っていようが富士山自体は同じ姿をしているよね。美しいのもそうでないのも、それを見た人の心の在り方次第ってわけ」

「はい」

「例えば、このコップ。水が半分くらい入っているけど、これを見て、どう思う?」

「半分…しか残っていない、と思います」

「俺は、まだ半分も残っているって思うんだよね」

「……!!」

「こんな感じで、目に見えるものは同じでも、感じる心は人それぞれ。世の中の多くのことは、心の在り方によって良くも見えれば、悪くも見える。そして、すべてのことは、移ろいやすいものだから、そんなことに気を取られずに、我が道を行きなさいよ。ってことを山岡鉄舟さんは言いたかったんじゃないかな」

僕は、黙って頷いた。

「少なくとも、俺から見た平穏くんの仕事ぶりは、いやはや、なかなか熱心で感心しているわけですよ。そして、ミスなんて誰にでも起こりうるわけだから、あまりくよくよしないでね?ね?ポジティブに行きましょうよ!って話ですよ」

「…ありがとうございます。気にかけていただいて」

ハヤマさんは、不意に優しい。



「ごちそうさまでしたー!」

背伸びをしながら店の外に出る。

少し冷たくなった風に、秋を感じる。


「ところで、ハヤマさん、先ほどから言いそびれていたことがあって」

「ん?なに??」

「…ズボンのチャック…全開です」

「えええ!?ちょっ!!そういうことは早く言ってよ!」

「晴れてよし、曇りてもよし、富士の山、ですよ?」

「いやいや、チャック全開の人を見たら、心の在り方とか関係なしに、笑われるっていう選択肢一択でしょ!あー、もう、なんて日だ!」

「まあまあ、ポジティブに行きましょ!さて、午後もお仕事、がんばりますか!」


おいしいラーメンは、少しの勇気と元気を、いつも僕にくれるのだ。



☆店舗情報☆

店名:ラーメン由(よし)

住所:山梨県甲府市住吉5-19-9

電話:055-241-5302

営業時間:[水~日] 11:00~14:30(L.O.14:00)

定休日:月曜日 火曜日

食べログの山梨県のラーメン総合ランキング→4位!(2019.10.23現在)



★ハヤマさんが食べたもの★

・特製味噌ラーメン(920円)+麺大盛り(100円)

→化学調味料不使用のスープは、素材の味と旨みが最大限に引き出されている。
 前半は、上品な味噌汁の味わい。後半は、味噌とニンニクの旨みを感じる味わい。
 トッピングのカイワレダイコンの清涼感の魔力で、スープを飲み干してしまう。
 麺は中太のちぢれ麺。適度にスープに絡む。もちもち。湯で加減が素晴らしい。
 巨大なチャーシューは、柔らかく、ほどよく甘い。白いご飯との相性も抜群。
 

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